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元ホテル・ソフィテル・パリ エグゼクティブシェフ
M.O.Fマルシアル アンゲハール(Martial ENGUEHARD)氏 来日インタビュー

2017/2/20


<マルシアル氏>

2017年2月7日から4日間、フランス料理界の重鎮、マルシアル アンゲハール氏(M.O.F)が来日し、料理技術特別講習会が開催されました。
(主催:フランス文化を識る会、会場:新宿調理製菓専門学校)

今回のテーマはマルシアル氏が得意とする「クラシックなルセット」。 「クロメスキ・ド・ブフ」から始まり、「クレーム・ド・ポティロン・オ・シャンピニョン・デュ・モマン」や「オマール・ア・ラメリケーヌ」など全28種のメニューを1日7時間に渡り7品ずつ講習がありました。

「料理は分かち合いがなければ意味がない」というメッセージを常に発信しているマルシアル氏。 フランス料理は技術と革新のマリアージュと語り、フランス料理の評価を高めた重要な要素を大切にしながら、素材を尊び純粋な味に重きを置いた料理を得意としています。
今回は世界中を飛び回りフランス料理の素晴らしさを発信し続けるマルシアル氏に独占インタビューを敢行。
来日講習会の様子と料理人としての考え方、そして若手料理人へのメッセージをお届けします。

フランス料理界の重鎮とうたわれるマルシアル・アンゲハール氏は、 16歳で料理人の世界に入り、弱冠25歳でホテル・ソフィテル・パリのエグゼクティブシェフに就任。50名のスタッフを率いてミシュラン1つ星レストラン「ル・ルレ・ド・セーブル」で指揮。その後もパリ市内に2つのレストランを経営したり、ルノートル社「プロダクション・ド・プレジール・ラボ」で400名をまとめる生産部ディレクターとして活躍。1991年にはM.O.Fの称号を得、現在は「アトリエ・マルシアル」の学校運営とコンサルタントとして国際的に活躍しています。

―フランスで、クラシックなフランス料理を伝承し続けるシェフ。
 今回20年ぶりの来日と講習はいかがでしたか?


Martial(以下「M」):フランス料理は技術が大切な料理です。
フランス料理の一番の特徴であり、他の料理にはない魅力はソースだと考えています。
今回の講習会は、ホテルやフレンチレストランで働くシェフ、スーシェフといったプロが対象でした。学ぶ姿勢が鋭く、使用した食材はもちろんのこと、微妙な味付けの違いや、焼き加減、時間配分など細かなポイントをしっかりと学んでいた姿が印象的でした。


―今回あえて「クラシックなルセット」をテーマに選んだのには理由があるそうですね?


M:今日本でもそしてフランス本国でも、様々な料理や文化からインスピレーションを得たフランス料理や、アーティストのような料理人が作るアレンジの効いたフランス料理が世界中で人気です。

私はそうした現代的な要素を取り入れた革新的な料理も素晴らしいと思っていますが、
伝統的なフランス料理の良さというものもあると思っています。
スターシェフの料理は確かな実績と地位があるからこそ、評価されるものです。
フランス料理の良さであり魅力は「技術力」です。 本場フランスでも、きちんとした技術を全員が持っているわけではありませんが、 技術がもっとも生かされるのが伝統的なフランス料理なのです。

講習では、私が最も得意とする「フランス料理の技術」をお見せできるようクラシック・ルセットにしました。



<マルシアル氏調理風景>

マルシアル氏を語る上で外せないのが、M.O.Fの称号です。
 M.O.F(Meilleur Ouvrier de France)は、「国家最優秀職人賞」と呼ばれ、フランス文化の最も優れた継承者たるにふさわしい高度の技術を持つ職人に授与される称号です。

対象となる職種は料理、製菓、パン以外にも、宝飾品、工芸品など約180職種に及びます。
「料理」部門では、ポール・ボキューズやジョエル・ロブション、ギヨーム・ゴメスなど世界的に有名な料理人が名を連ねる名誉ある称号です。 コンクールは、3年に一度開催され、各分野から数名しか合格者は選ばれない難関です。
合格者はフランス大統領からメダルとトリコロールカラーのコックコートの着用が認められます。

―M.O.Fをお持ちですが、コンクールに合格した時のエピソードを聞かせてください。


M:M.O.Fは予選を通過した者だけがファイナルに進むことが出来ます。 合格に一番必要なものは「技術」です。
コンクールの準備で私が日頃から意識し、習慣化していたことをお教えしますね。
それは「100%の技術力で完璧なものを作る為の練習をすること」そして、「本番で100%成功させること」です。

決勝では本番当日の3週間前に試験課題を与えられます。 本番の試験会場は当日まで自分がどの場所で調理を行うのかわからないので、普段慣れていない環境で100%の力を発揮するための練習を行う必要があります。
他の参加者は「誰よりも上をいく料理」を目指すことに必死でしたが、私は「どのような環境でも100%成功させること」を大切にしました。



<マルシアル氏講習風景>

例えば、試験当日はオーブンも個別・共用と型が異なるものが設置されていました。 参加者の多くが性能の高い共用オーブンを選びましたが、各自が入庫するタイミングも違いますし、本番ではナーバスになってそれぞれが何度も開け閉めを行います。 スフレのような繊細な料理を作った参加者の1人は、温度管理の問題や他の参加者の料理に押しやられ、上手く作りあげることができませんでした。

私は各自に割り当てられた古いオーブンを選びました。 どのような環境、器具でも100%の力を発揮できるように日頃から訓練してきましたので、 古い型のオーブンでも問題なく、また自分のペースでいつも通りの技術を発揮でき、作戦勝ちできました。

普段と違う状況で100%の力を出し切ることは難しい。 だからこそ、その場で瞬時の判断をし、適応する練習を日頃から積み重ねたことがコンクールの勝敗を分けたのだと思います。

このエピソードは、フランス料理において技術力が大切なのだということ、そして どのような環境でもいつも通りの仕事をするためには日頃から鍛錬を積むべきであるという仕事に対する姿勢にも繋がると思っています。


―若くして格式あるホテルの1つ星レストランのトップを務めた経験を持つ同氏。
 これからフランス料理の世界で生きていく日本の若手料理人にメッセージはありますか?


M:フランスの料理人たちは、日本以上に年齢に関係なく実力で勝負していく世界です。日本は年功序列があり実力のある若い料理人がシェフまでの年月を待つことがあると聞きます。フランスでは、20代後半から30代前半がシェフとして旬の時期と考えられていて、名店でシェフ、スーシェフとして活躍します。30代後半や40代の年上の部下がいることも普通です。

料理人としての経験が長いからといって部下のマネジメントや才能を見出せるわけではありませんので、40歳を過ぎた料理人を新たなシェフとして迎えるレストランはほとんどありません。若くしてシェフとしての経験がある料理人の方が認められ、年齢に関係なく実力を発揮することが出来ます。私も現在はコンサルタントとして海外にいることも多いですが、海外で日本人料理人の活躍も目にすることが増えましたね。

まだこれから様々な技術や手法など基礎を学ぶ若手料理人にとって伝統的なフランス料理と、世界で活躍するスターシェフの作るフランス料理は分けて捉えた方がいいと思いますよ。 これからフランス料理で世界と戦う若手料理人には1920年代にブラッスリーやホテルで出していた料理を学ぶ機会を増やし、フランス産の食材を使った伝統的なフランス料理を身に付けてから、ステップアップし、活躍してもらいたいですね。



トロンソン・ド・チュルボ・ブレゼ

フィレ・ド・ルージェ・オ・コンフィ・ド・オニョン

タルト・オ・ポム・ア・ラ・ノルマンド


マルシアル アンゲハール氏プロフィール
  • 1956年:生まれる
  • 1972~1974年:見習い、レストランナポレオン、フリードランドアベニュー
  • 1974~1977年:兵役、ホテル・ロワイヤル・モンソー、レストラン エスカルゴー・モントルグーユ -- コミ・ド・キュイジーヌ
  • 1977~1980年:レストラン ルカ・カルトンでシェフ・ド・パルティ(ミシェル・コンビ氏に師事)、ホテル・クリヨンでシェフ・ド・パルティ (ポール・ボナン氏に師事)
  • 1981~1994年:ホテル・ソフィテ・パリでエグゼクティブシェフ(50名のスタッフを率いて、ミシュラン1つ星のレストラン ル・ルレ・ド・セーブルを運営する
  • 1982年:ロラン・デュラン(MOF)エグゼクティブシェフのプルミエ・スーシェフ
  • 1991年:MOFの称号を得る
  • 1994~1996年:ル・ロン・ド・セルヴィエット、ラ・タンバル・サン・ベルナールの:2つのレストランをパリで自営
  • 1996~2004年:ルノートル社生産部ディレクターとして、「プロダクション・ド・プレジール・ラボ」において、シュクレ・サレ、商品開発、生産管理、経費管理、人事管理(400人)を担当
  • ルセット・ルノートル ライセンス管理担当者として、パートナーの開拓と維持、商品開発 パヴィリオン・エリゼ・ルノートルのディレクター他
  • 2005~2011年:シェフ・マルシアル有限会社設立、料理講習、料理イベントの運営・開催
  • 2011~現在:マルシアル・アンゲハール・レストラシオン社を設立し、レストランのコンサルティング及びカルトやメニューの開発、商品の開発、調達先の選定、生産過程の開発、料理イベントの開催、世界に対するフランス料理の紹介
    また料理ワークショップを開催し、懇親的な雰囲気の中、自身の知識を8~500人に伝えている。
    ワークショップはパリに2つある料理学校「アトリエ・マルシアル」で開催することもあれば、驚くような場所で開催することもある。お城、セーヌの船、パリの美術館など・・・マルシアル氏のカリスマ性と陽気さは、大規模な料理イベントを開催する上で成功の鍵となっている。
    また名シェフとして、テレビやラジオによく出演し、紙面メディアにもよく取り上げられている
    (プロフィール参考資料:フランスを識る会公式HPより http://www.acfrance.com/